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「下町の復興」

 

和 田 町 子
(神戸市兵庫区)

 

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あの悪夢の時から早1年7カ月が過ぎ、街並みも徐々に復興に向かい、当時の面影も薄らいできました。まずは公的施設の復興が優先され、公営住宅の建設も目途がつき仮設の人達の安住の地が約束されたことは、とても喜ばしいことと思います。
私の住む下町の復興は、震災後一年半がたった頃から少しずつ我が家の再建にかかれるという状態で、不思議なことに我が家を含めて全壊した5軒の家が、申し合わせたように6月頃から一斉に着工しはじめ、このところ建築ラッシュで一気に活気付いてきました。一日も早い復興を願いとりかかったものの、様々の障害にぶつかり、悪戦苦闘の結果、ここまでこぎつけるのにはやはりそれだけの日数が必要だったのかなと思います。天災は自助努力で復興するものだと分かっていても、年齢的に資金繰りも難しく、やむなく建築を諦めざるを得ない人も多々ありました。
また、一縷の望みを子どもに託して再建に踏み切ったものの、厳しい建築規制に阻まれ口惜しい思いをしながらも、やっと念願の我が家を目の前にした時、もう再びこのような体験はしたくない!只々平穏無事を願うのみです。
私のまわりに、二重の被害にあわれ建築半ばで雨曝しになっている家があります。悪質業者にひっかかり、頭金を持ち逃げされたとかで、その後鉄骨の枠組みだけが、雨にさらされ、赤錆が一層悲しさを増しています。また、今年米寿を迎えられた一人暮らしのお年寄りは、若い頃必死の思いで建てた家だけに、どうしても守りたい一念から全壊と判定された家を1千万円余りかけて修復され、「これで私の余命も限られたわ、お金の切れ目が命の切れ目よ」いって、悲しい笑みを見せられました。このたびの地震では、大なり小なりほとんどの人が被害を被りした。そして、全国、いや、世界からたくさんの物心両面のお見舞いをいただき、相当額の義援金も頂戴ましたが、あまりにも被害が大きすぎ配分するのに苦慮されていると思いますが、避難所や仮設住宅にいる人だけが被害者ではないということを、しっかりと認識していただきたいと思います。
私の町の人達は、只々ひたすら前を向き黙々と力強く歩んでいます。そんな中で、私も自分に課せられた役目は、微力ながらも果たすことができたと思っています。
今後も、地域の人達と共に力を合わせて下町の復興に向け歩んでいきたいと願っています。

 

 

 

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